何十人といるクラスメイトの中で、なぜ俺を選んで話しかけたんだい?
俺は人見知りで会話が苦手。同じクラスなんだ、なんとなく分かるだろう?ましてや異性となんて、言葉を一つ一つ選ぶのに精一杯。
なのになぜ…
出し忘れたプリントでもあった?
もうこの教室に俺しかいないから?
誰でもいいから話し相手が欲しかった?
まあ理由はなんでもいいや、俺は君との会話の時間があるだけで、少し幸せだ。
その笑顔、嬉しいけれど、俺に向けるのは勿体ないよ。
俺なんかよりずっと、君を笑顔にすることが得意な人はいる、きっとそうさ。
***
気付いたら目で追ってしまう存在。一つの仕草にときめきすら覚えるかも分からない。俺は一体どうしてしまったんだろう。
授業に集中しないと…また上の空で指名されたらどうなるか…。
あっ…消しゴムを落としたのか…
…今日もダメそうだ。
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昨日、ノートを借りた。
一昨日休んだ分だって貸してくれた。
無論誰のノートでも有難いことは変わりないが、よりによって彼女のノート。
その文字、その筆圧、ペンの色味、そこに彼女の存在を感じる。ただ板書をコピーアンドペーストしたような俺のノートとはまるっきり異なり、後からでも、誰でも見やすいよう工夫されている。俺も見習わなければ。
ずっとずっと、自分のそれより何倍も丁重に扱う自分がいる、それも無意識に。
彼女が教室に来たらすぐに返そう、忘れないうちに…。
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この3年間で何度あるかも分からない、彼女との会話の時間。いつも次が最後かもしれない、もう二度とないかもしれないと思うのに、その時になるとつい言葉に詰まってしまう。好かれたい気持ちより前に、嫌われなくない気持ちが立っている。
だから、無難な相槌や、当たり障りのない返ししかできない。自分の話を始めたら止まらなさそうで、彼女を置いてけぼりにしそうで、困った顔を見たくない一心で、聞き役に徹しようとする自分がいる。
彼女にとって、俺は数十人いるクラスメイトの一人でしかないだろう。私が何かアクションを起こしてもそれは変わらないかもしれない。「一緒に帰ろう」という言葉すら出すことだって、俺にはとてもできない。
彼女との距離を縮めたいのに、離れるのが怖くて、何も出来ない自分がいる。
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門出の日。
卒業式。
この3年間、悪い日々じゃなかった。
一つだけ、心残りがあるとすれば…
彼女のことだ。
結局私は3年間で何もできなかった、もといしなかった。そんな度胸など俺にはない。そんな俺を責めると同時に、このままで良かったんだと諭す自分がいる。
教室で交わした他愛無い会話。それが私にとってどれだけ幸せな時間だったか、彼女は知らないだろう。そしてこれからも知らなくていい。ここまでこのスタンスで来たのだ。最後にだなんて…。
いや、最後だからこそ何か…。
……
目を見渡すと彼女の姿があった。
それと同時に、彼女と仲睦まじく会話するクラスメイトの姿もあった。
…最後の時間かもしれないんだ、俺なんかの為にわざわざ時間を割く必要なんかないさ。
そう思い込んで、最後まで一歩を踏み出せない自分を、尤もらしい理由で納得させた。
あーあ、最後までこうか…。
一言も交わさずに学舎の外へ出る。進路も異なると噂に聞いた彼女と会うことはもう二度とないかもしれない。数年後には僕の顔も名前も忘れてるかもしれない。でも、それでいいや。彼女にとって、僕は数十人いたクラスメイトの一人でしかないんだから。
…名取さん。