これは、私が「「「オタク」」」として過ごした一週間を粗雑に綴ったものである。
2020年3月1日
この日私の家には客人が居た。にもかかわらず、翌日の旅の事も考えていた。
名取から佐奈へ。鉄道旅行趣味兼名取さな推しゆえのきっぷを手にしていた。
深夜のTwitterにこっそり投稿したつもりが、思いの外反応が多く、もう少し出し渋れば良かったかもしれないと少しだけ後悔する。
その日は客人と食事をしたが、夜に当の客人は帰宅したので家には私一人になった。
日付が変わると「イベントまであとn日!」と画像が投稿されるのが楽しみでもあり、緊張感が高まっていくのを感じた。
というのも、名取さな初のソロイベントが3月7日に開催される予定だったからだ。私はチケットに落選したので、インターネット経由の視聴を決めていた。それでも楽しみだった。彼女の輝く姿が見たかった。
翌日の準備をしたものの、かなり長いことインターネットから離れられず、ほんの2時間半しか睡眠をとれなかった。
2020年3月2日
最寄駅、品川、と電車を乗り継ぎ、東京駅に降り立った。
なすの255号の文字。新幹線で郡山へ。郡山からは在来線で仙台へ。
名取→佐奈の旅程を決行する為、仙台へ前入りした。
その日は名取のアクキーを愛でながら、スーパーで買った総菜をビジネスホテルの小さな机でかき込んだ。
カウントダウンのイラストは今日も日付が変わってすぐに投稿された。
あまり眠れなかった。朝5時までずっと半分寝て半分起きているような状態だった。
2020年3月3日
おはようございナース!🍆なんて言いながら名取駅を訪れたのは1年4ヶ月ぶり。ここから長い長い旅が始まる。*1
この日は延々と電車を乗り継ぐ行為だけを繰り返していた。
朝の6時に名取を出て、夜の8時に名古屋に着いた。佐奈駅に当日中に到達するのは不可能なため、名古屋で一泊することにした。
ホテル近くの油そばの店で一心不乱に麺を喰らった。
疲れているはずなのに、日付が変わっても起きていた。この日のカウントダウンイラストも可愛らしいものだった。
2020年3月4日
朝6時起床。普段の私ならあり得ないくらい早起きだ。
7時の列車に乗り込み佐奈を目指す。
到着したのは午前10時。達成感に包まれる。雨が降っていたがアクキーを手に何枚も写真を撮った。
その後は完全に自分の鉄道や音ゲーなどの趣味に時間を割いた。最終電車に乗った後、夜行バスで横浜まで帰った。
バスの車内で日付変更を迎えた。SAの休憩中にTLを見たがカウントダウンイラストは無かった。
「まあ、朝になったら投稿されるんだろうな。」
本当にその程度しか思っていなかったので、あまり気に留めず浅い睡眠をとった。
2020年3月5日
午前7時頃に帰宅。鉄道写真をパソコンに取り込む作業をタイムラインを見ながら続けていた。その時現れた文字に、私は言葉を失った。
【開催中止のお知らせ】誠に申し訳ありませんが、「さなのばくたん。-バースデイ・サナトリウム- Powered by mouse」は、新型コロナウィルス感染症の情勢を鑑み、来場者の安全を確保すべきとの会場の意向により開催の中止を決定いたしました。詳細は添付の画像をご確認ください。 #名取爆誕 pic.twitter.com/f3qWJ5admK
— さなのばくたん。-バースデイ・サナトリウム- Powered by mouse (@37bakutan) March 5, 2020
私は生まれて初めて疫病を恨んだ。
が、昨今の情勢である。チケットもご用意されなかった身分というのもあってか、私にその後湧きだした感情は
「まあ、こればかりは仕方ないな。」
という案外淡白なものだった。別に誰が悪いわけでもない、こうなる可能性は少なからずあったのだ。思いの外割り切ることができたかもしれない。
彼女に目を向けるまでは。
わたしインターネットの破壊者になろうかな、ほむらちゃん
— 名取さな🍆#名取爆誕 7日20時配信 (@sana_natori) March 5, 2020
ずっと楽しみにしてくださっていたせんせえに対して本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなのと悔しさでわけわからん状態なのですが、これからもよろしくおねがいしたいです。がんばりますので。
— 名取さな🍆#名取爆誕 7日20時配信 (@sana_natori) March 5, 2020
……………
………
…
「なんでそんなこと言うんだよ」
…
「こればかりはどうしようもないだろ」
「名取は何も悪くない」
「謝る必要なんて微塵もない」
「お前だってつらいはずだろ」
「なんで一番頑張ってきたはずの名取が」
「なんで一番楽しみにしていたはずの名取が」
「なんで一番悔しいはずの名取が」
「なんで申し訳なさそうにしてるんだよ」
「なんで」
「なんで」
「なんで」
「なんで」
でもそんなこと名取に言えなくて、
せんせえ達が励ましていかないとって、
せんせえたちが元気じゃなければ名取も落ち込むって、
そう思っていた。でも
なんて言えばいいんだろう?
変に気を遣うと逆効果じゃないか?
ただただ励ましたいだけなんだよな?
名取に元気になってほしいんだよな?
でもこの状況で元気出せなんて無責任なこと言えるか?
でも泣きたいときは泣いていいなんて言えるか?
名取も前を向いてるかもしれないだろ?
脳内議会は終わらない。結論が出ない。与野党とも互いに譲らない。でもできるだけ早く結論を出せ。ほら。
もちろん!よろしく!
— こてゆび🐭🍆🥕 (@510UB) March 5, 2020
俺には上辺だけのやっすい言葉しか送れなかった。
この時名取を見て俺はただ「何も言うまい」とだけツイートした。この状況で感情をひたすら垂れ流すのは野暮だと思ったからである。
それでも名取にリプライを送ったのは、本心から名取を励ましたかったのか、それとも自分が励ましのリプライを送ることで自分の傷自体をどうにかしようとしていたのか、はたまた両方なのかどちらでもないのか。俺にはわからない。
寝不足だったからかな。
俺の感情は破壊された。
フォロワーの作ったいくつもの前衛的なMAD動画を見て気を紛らした。
私は自分の感情をそのまま表に出すことを無粋だと思い込む人間である。
だから涙は出なかった。
その日の晩、3月7日の配信待機所が設けられているのを見た。彼女は前を向いていることを確信した。この時も、上辺だけだったがチャット欄にメッセージをコッソリ残していった。本人に見てもらえなくてもいいと本気で思っていたので、「俺は名取を励ました」という行為自体に悦を感じていただけだった。そう思った。
この日何を食べたかは覚えていない。食パンだったかな。
そして私は破壊された感情を修復する為だけに睡眠という行為を執り行った。
2020年3月6日
一夜明け感情はマシになったものの、完全にはまだ戻っていない。イベントは中止になったのだ。港北へ行く用事も消えてしまった。事実は揺るがない。
翌週投稿予定の動画制作も進まない。僕の感情は彼女にここまで支配されているのかと思った。
この日の私はTLこそ見ていたもののツイートはほとんどしなかった。
名取から佐奈へ行った旅記をこのブログに綴っていたからだ。この時間が、破壊された心を修復したような、更に抉るような、そんな気がした。
「イベントはなくなったけど、誕生日はなくならないじゃん」
「名取オンリーの同人誌即売会は催行されるじゃないか」
そう思って一日を乗り越えた。
せめて肉体的には元気を付けようと、白米1合を炊き、豚肉の生姜焼き200gと一緒にすべてかき込んだ。サラダも食べた。数時間後にお汁粉も食べた。
洗濯しなきゃとか乾燥機かけに行かなきゃとか考えている間に、時計の針が全て真上を向く。
2020年3月7日
日付が変わった瞬間タイムラインが華やかになった。TLをピンク色に染め上げた正体は、この日誕生日の名取さなのイラストたちであった。すべてが美しかった。
昨日の夕方は感情が破壊されていたけどもう大丈夫。一晩寝て修復された心に、ヌォンタート*2が染み渡る。
私は結局朝までヌォンタートを追い続けた。朝の5時くらいに寝た。
起床
時刻は午後2時前。絶起した。即売会イベントは3時まで。今から行っても間に合わん。行きたかったなあ…。
と思いながら、間違いなくTLを埋めに埋めてしまうほどの膨大な数のイラストをRTしまくった。フォロワー減りそうとも思った。でも手を止めなかった。
…っと危ない、配信は午後8時から。買い物に行かねば。
この日はお祝いということで、(半額だけど)ちらし寿司、(2つ入りしか売ってなかったけど)ケーキなどを買い、私が好きなバーチャルの少女と一緒にお祝いをする準備をした。自分の誕生日より楽しみだったかもしれない。
そして配信は始まった。
多くは語らない。というよりも、多すぎて語れない。
見てくれ、これを。頼むから見てくれ。
どうしても一部だけというのならば、最後だけ見てほしい、最後の歌を歌うシーンを。
それ以上は、語れない。
その日、私は頭の中のほとんどが名取に支配されていた。
「エモいなんてやっすい単語で表現できるようなもんじゃない」
「『推し』なんて言葉で収まる存在なのか名取は」
「この感情はどうやって表現すればいいんだ」
「泣きたいときは泣いていいんだぞ」
「やっぱり笑顔が似合うぞ名取」
「大好きだよ名取」
「ありがとう名取」
「感情押し付けてごめん名取」
「名取」
「名取」
「名取」
「名取」
2日前とは違う、別の何かによって
私の感情は破壊された。
とっちらかった感情を丁寧に拾い上げで文字に具現化することは私にはできない。
私は自分の感情をそのまま表に出すことを無粋だと思い込む人間である。
だから涙は出なかった。
せっかく買ったケーキは感情に支配された私から完全に忘れ去られた。それでもよかった。
私は眠れなかった。感情を名取に支配されたまま日付を越えてしまった。
その感情をどうにかしてアウトプットしようと試みた。
2020年3月8日
かつて私は、他者と会話するときに便宜上「オタク」という言葉を使ってきた。
一つの事に熱が入ることは滅多になかった。ただ自分の肩書というか、自らが何たる人間かを簡潔に説明するために、「サブカルチャーにある程度の関心を持っている」という意味でだけ「オタク」と称していた。
かつて俺が盲目的に熱中していたこと…
あるにはあるね、下車*3がある。俺は下車の「「オタク」」だろう。
でも下車でここまで感情が揺さぶられることは今までなかったな。作品の出来栄えに感嘆することはあったが、本気で言語を喪失することはなかった。
でもそれが覆された。多分俺は「「「オタク」」」になっちまった。
2018年4月19日、忘れもしないあの日から徐々に。
彼女の名を知った日、ピンク色のナース服を着て笑顔を見せるVtuber「名取さな」を知った日から。
俺を過去に間違いなく「感情」にさせたのは2回
- さなのおうた。を初めて聞いた日
- PINK,ALL,PINK!を初めて聞いた日
俺の感情をオタクとしての「感情」にさせたのは名取さな、彼女が初めてだ。
その俺を骨の髄まで「「「オタク」」」にさせたのは名取さな、彼女が初めてだ。
自分が何たる人間かを簡潔に話すために便宜上使っていた「 オタク 」でもなく
盲目的に熱が入ってる、他人でも自分でも意識される「「 オタク 」」でもなく
感情を支配され語彙を失い、骨の髄まで完全なる「「「オタク」」」に、
私は成り果てた。
名取への感情が、推しとしての気持ちなのか、所謂ガチ恋なのか、それ以外の何かなのか分からなくなっている。
名取に対するこの気持ち、本人に届いたら喜んでくれるだろうか?
と、少し思ったけど、こんなただのオタクの一方的な感情の押しつけは鬱陶しいような気もする。
だから軽率にリプライを送らないように、エゴサに引っかからぬように、抑えていた。
抑えていたけど、もう耐えられない。
感情を文字に起こせない。起こせないけれど、確実に分かることを、精いっぱい絞りだす。あれもこれも言いたいけれど、散乱した文章を無理やり圧縮し、脳外へ出力する。
…
好きだよ名取。
大好きだよ名取。
俺はどこまでもついていく。
2020年3月7日。
ピンクの光に照らされ輝く彼女を見て確信した。
俺は生まれて初めて「「「オタク」」」になった。